今ある技術で新市場をつくる|用途開発は「顧客の何を変えられるか」から考える
ドラッカーをベースにしたニッチトップ戦略で、モノづくり企業の「売上を伸ばしながら、利益率を上げる」支援をしている藤屋伸二です。
技術には自信がある。
その技術を使っているのは、いまの商品と、いまの市場だけ。
そこに、まだ使い道は残っていないでしょうか?
新しい市場を開拓しようとすると、新技術や新商品を開発することから考えがちです。
しかしドラッカーは、新しい用途を開発することは、新しい商品を開発したのと同じ効果があると述べています。
今ある技術の「使い道」を変えることで、新しい市場が見えてくる。
創業130年を超えるインキメーカー、OPI社株式会社の取り組みは、そのことを考えるうえで興味深い事例です。
130年培ってきた技術を、別の用途へ
OPI社は、印刷用インキの製造ひと筋で130年余りを歩んできた企業です。
印刷インキの製造では、顔料などの粒子を液体の中に均一に分散させ、混ぜ込む技術が重要になります。
この分散・撹拌技術を強みに、業界で確かな地位を築いてきました。
ところが近年、ペーパーレス化の影響で、印刷用インキ事業は縮小傾向が続いています。
強みは変わっていない。
その強みが使われている市場のほうが、縮んでいく。
そういう状況です。
転機は、ある企業との出会いでした。
そこでカーボンナノチューブ(CNT)という新素材を知り、これをインキにできないかと考えます。
CNTは軽量で高強度、導電性も熱伝導性も高い。
しかし、粒子が顔料とは比べものにならないほど小さく、均一に分散させることが難しい。
さらに、チューブ状で表面積が大きいため、水や樹脂を吸着して液の粘度が上がってしまう。
同社は、ビーズの素材やぶつけ方を工夫し、添加剤の種類と量を検証して、これを克服しました。
ここは押さえておきたいところです。
長年の強みを、そのまま持ち込んだのではありません。
新しい素材に応えるために、強みそのものを作り直しています。
「電気を通す」から「熱をつくる」へ
こうして発熱インキ液が生まれましたが、最初から売れたわけではありません。
当初はCNTを分散させた黒液を展示会に出展し、「電気を通す膜が作れる」と訴求しました。
CNTといえば導電性、というのが広く知られていたからです。
ところが、ここで壁にぶつかります。
導電性は競合製品が多い。
しかも顧客からすると、その材料を何に使えばよいのかが分かりにくい。
技術が悪かったわけではありません。
その技術を「何の用途で使ってもらうか」が決まっていなかったのです。
そこで同社は、他社がほとんど手掛けていない「発熱材」に機能を絞って打ち出すことにしました。
さらに、用途をイメージしてもらうために、フィルムにインキを印刷し、発熱シートの形にしました。
藤屋式ニッチトップ戦略の5指針、維持する、減らす、強化する、捨てる、創る、で見ると、こうなります。
- 分散・撹拌技術という強みは維持する
- その技術を、CNTに応えられるところまで強化する
- 導電性という訴え方は捨てる
- 発熱という用途と、それを形にした発熱シートを創る。
強みそのものが、突然変わったわけではありません。
変わったのは、その強みと組み合わせるものです。
分散・撹拌技術 × CNT × 導電性
から、
分散・撹拌技術 × CNT × 発熱 × シート化 × 局所的に加熱したい顧客層&市場
へ組み合わせを変えた。
つまり、技術そのものを新しくするのではなく、技術が価値になる使い道を変えたのです。
発熱シートにすると、顧客が見えてくる
材料の状態で「CNTは導電性があります」と説明されても、多くの顧客は自社で何に使えるのかをすぐには想像できません。
ところが、「必要な場所だけを暖められる発熱シート」となれば話が変わります。
最初の実用化事例は、農業分野でした。
近畿大学農学部が奈良市に持つビニールハウスで、イチゴの高設栽培の土壌を加温するシートとして使われています。
従来は、冬場に重油ヒーターでハウス全体を暖めていました。
発熱シートは、土壌に直接敷いて、冬場でも10〜15℃程度に保ちます。
同社はこれを、エアコンをこたつに変えたようなものだと表現しています。
重油ヒーターに比べ、初期導入コストも運用コストも大幅に削減できると評価されています。
ここまでくると、顧客が買うものはCNTではありません。
「必要な場所だけを暖める」という価値です。
すると、イチゴ栽培以外の用途も見えてきます。
- 冬場の融雪ヒーター
- 宇宙での温度管理が課題になる
- 人工衛星用ヒーター
この二つには、すでに引き合いが来ています。
さらに、自動車のシートヒーターなどの市場開拓も狙っているといいます。
共通しているのは、印刷業界ではありません。
「必要な場所だけを暖めたい」というニーズです。
これが用途開発の重要なところです。
既存市場の外へ出るとき、現在の業界分類をそのまま持っていく必要はありません。
自社の強みが、どのような顧客の、どのようなニーズに使えるのか?
そこから対象市場を見直すことができます。
用途開発は、アイデア出しで終わらない
OPI社の事例を「CNTの新しい用途を見つけた」とだけ捉えると、藤屋式ニッチトップ戦略から見ると不十分です。
変わっているのは用途だけではないからです。
藤屋式ニッチトップ戦略では、事業を、
強み × 商品 × 提供方法 × 価格 × 顧客層&市場 × メッセージ発信
という6つの変数の掛け算で考えます。
公開された情報から確認できる範囲で、OPI社の事例を見てみます。
- 強みを、顔料を分散させる技術から、CNTを分散させられる技術へ
- 商品を、導電性を持つCNT分散体から、発熱シートへ
- 顧客層&市場を、導電材料を探している企業から「必要な場所だけを暖めたい」顧客へ
- メッセージ発信を、「CNTは導電性が高い」から「必要な場所だけを暖められる」へ
残る提供方法と価格については、公開された情報からは確認できません。
適性価格を維持できているのかも、そこまでは分かりません。
ただ、顧客側から見れば、ハウス全体を暖める方式に対して、必要な場所だけを暖めることで、初期導入コストと運用コストを抑えられる可能性があります。
材料そのものの価格を並べて比べる話ではなく、顧客が得る価値から価格を考えられる余地が生まれています。
用途開発は、「この技術は、ほかに何に使えるだろう」とアイデアを出して終わりではありません。
その用途が事業として成立するように、必要な変数を組み替えることです。
新市場をつくるのに、商品を変えるとは限らない
ここで、対照的な事例を一つ挙げます。
ドラッカーが『イノベーションと企業家精神』で紹介している、土木機械用の潤滑油のメーカーです。
この会社が変えたのは、潤滑油そのものではありません。
潤滑油そのものを売る、という考え方を変えました。
顧客である土木業者にとって重要なのは、潤滑油の性能ではありません。
機械が止まらずに動き続けることです。
そこでこのメーカーは、自社が指定した方法で潤滑油を使ってもらい、それでもトラブルが起きたときは、発生した損害を補填する仕組みにしました。
潤滑油を、保険として売ったのです。
商品そのものは、一滴も変わっていません。
変わったのは、顧客が買う価値と、それを実現する事業の仕組みです。
こうなると、潤滑油の単価という物差しでは比べられません。
顧客にとっては、工期が遅れるリスクに比べれば、潤滑油の単価など問題ではなくなるからです。
単価という物差しから外れたことで、顧客が得る価値から価格を考えられるようになりました。
藤屋式で言えば、価格の主導権を持ったということです。
このメーカーは、その結果、この分野で大手石油会社と並ぶ位置まで成長しました。
ここで確認しておきたいことがあります。
顧客は、同じ土木業者のままです。
新しい顧客層を開拓したのではありません。
変えたのは、その顧客に何を売るかでした。
OPI社と並べてみてください。
OPI社は、「必要な場所だけを暖める」という用途を形にした結果、商品がCNT分散液から発熱シートへ変わり、顧客層&市場も変わりました。
潤滑油のメーカーは、商品も顧客も変えないまま、「潤滑するもの」から「機械を止めないためのもの」へ、顧客にとっての意味を変えました。
動いた変数が、まるで違います。
新しい市場をつくるとき、必ず商品を変えなければならないわけではありません。
顧客の何を変えるのか。
そこから、どの変数を組み替える必要があるのかを考えます。
どの戦略要素(変数)から入るかは、企業ごとに違う
用途開発に着手したとき、どの変数を組み替える必要があるかは、企業によって違います。
OPI社の事例は、素材との出会いから入りました。
しかし、これはこの会社の入口であって、藤屋式ニッチトップ戦略の手順ではありません。
- 強みの棚卸しから入る会社もあります
- 顧客層&市場の見直しから入る会社もあります
- 価格の主導権が失われている理由から入る会社もあります。
どこから手をつけるかは、その会社が抱えている課題によって変わります。
要件は一つだけです。
最後に、戦略設計の6変数が整合していること。
掛け算ですから、一つでも噛み合っていなければ、事業としては機能しません。
「何ができる技術か」だけでは、用途は広がりにくい
技術者は、自社の技術を機能や性能で説明しがちです。
- 高精度
- 高耐久
- 高強度
- 小型
- 軽量
- 高速。
OPI社が最初に訴求した「導電性」も、機能の説明です。
もちろん、これらは重要です。
しかし、「何ができる技術か」だけを見ていると、現在の業界や現在の商品から発想が離れにくくなります。
そこで、問いを変えます。
この技術によって、顧客の何を変えられるのか?
OPI社の事例なら、「電気を通す」から一歩進めて、「必要な場所だけを暖める」と捉え直したことで、農業という、それまでとは異なる用途が見えてきました。
潤滑油の例なら、「よく滑る」ではなく「機械が止まらない」と捉え直したことで、保険という事業の形が出てきました。
顧客の何を変えられるのか?
ここから考えると、技術の使い道は、いまの商品や業界に縛られなくなります。
用途開発が難しいのは、自社の常識から離れにくいから
では、なぜ自社だけでは新しい用途を見つけにくいのでしょうか?
一つの理由は、長くその技術に関わっているほど、
- この技術は、この商品に使うもの
- この商品を買うのは、この業界
という前提を持ちやすいからです。
それは、長年の経験によって培われた専門性でもあります。
一方で、新しい用途を考えるときには、その専門性が発想の範囲を狭めることもあります。
思い出してください。
OPI社がCNTを知ったのも、社内の議論からではなく、ある企業との出会いからでした。
自社では当たり前だと思っている技術を、別の業種の経営者が見れば、
それなら、こんなことにも使えるのでは?
と考えることがあります。
逆に、自社では価値が低いと思っていた技術やノウハウを、
それは、うちの業界では非常に価値がある
と言われることもあります。
用途開発では、自社の技術を、自社とは違う視点から見てもらうことが大きな意味を持ちます。
用途を変えるだけでは、ニッチトップにはならない
ただし、新しい用途が見つかっただけでは、エコロジカル・ニッチとは言えません。
条件があります。
- その用途で、他社が対応したがらないニーズに、自社だけが応えていること
- そして、価格と取引条件の主導権を持てていること
潤滑油の例が分かりやすいと思います。
保険として売るという形にしたことで、潤滑油の単価という物差しから外れました。
ここまで設計して、初めて用途開発がニッチトップ戦略につながります。
ただし、OPI社の取り組みについては、そこまで確立したと断定することはできません。
- 価格の主導権を持てているのか?
- 適性価格を維持できているのか?
- 継続的に利益を生み出せる事業になっているのか?
公開された情報だけでは、確認できないからです。
しかし、競合の多い使い道から離れ、自社の強みが生きる別の用途を探し、強みそのものも作り直し、商品・顧客層&市場・メッセージ発信を組み替えた。
この方向は、他社と比べられない状態をつくるときの考え方と重なります。
自社の技術は、いまの用途だけで使うのが最善か
既存市場が縮小すると、多くの企業は新しい技術や新しい商品を探します。
OPI社も、印刷用インキ市場の縮小に直面していました。
しかし、同社が持ち出したのは、新しく開発した技術ではありません。
130年培ってきた分散・撹拌技術です。
変えたのは、その使い道でした。
- 用途を変える。
- その用途に応えられるよう、必要なら強みを強化する
- 商品を変えることもある
- 提供方法を変えることもある
- 顧客層&市場を選び直すこともある
- 同じ顧客の、別のニーズに応えることもある。
顧客が買うものが変われば、それに合わせて価値の伝え方も組み替えます。
そうすると、いまの強みを起点にしたまま、他社と比べられない事業へ組み替えられる可能性があります。
売上を伸ばす方法が見えないのは、技術が足りないからとは限りません。
その技術が、他社と同じ物差しで比べられる使い道に置かれている。
そのために、相見積もりと業界相場の中に入ってしまっているのかもしれません。
自社の技術をさらに磨く前に、
この強みは、どんな顧客の、何を変えられるだろうか?
と問い直してみてください。
そして、自社だけで答えを出そうとしないことです。
他業種の経営者からの質問・アドバイスが、用途開発のヒントになる
藤屋式ニッチトップ戦略塾では、自社の戦略について発表し、私から質問やアドバイスをするだけではありません。
塾生さん同士でも、質問やアドバイスをします。
ここに、用途開発を考えるうえで大きな価値があります。
自社では、
この技術は、この業界で、この商品に使うもの
と思っている。
しかし、異なる業種の経営者には、その前提がありません。
だからこそ、
- その技術は、こんな用途には使えないのですか?
- うちの業界なら、こんなニーズがあります
- 商品として売るのではなく、こういう提供方法にしたらどうですか?
といった、自社の中だけでは出にくい質問が生まれます。
用途開発のヒントは、技術について詳しい人からだけ出てくるとは限りません。
その技術について詳しくないからこそ、既存の使い道に縛られずに見られることがあります。
藤屋式ニッチトップ戦略塾は、私が答えを教える場ではありません。
自社の強みを起点に、
強み × 商品 × 提供方法 × 価格 × 顧客層&市場 × メッセージ発信
を、どう組み替えれば、他社と比べられない事業になるのか?
経営者同士の質問やアドバイスも使いながら、自社の事業戦略を設計していく場です。
自社には技術がある。
しかし、今の商品や市場だけで、その技術の可能性を使い切っているのか?
一度、違う視点から検討してみたい。
そう考える経営者の方は、藤屋式ニッチトップ戦略塾の体験入塾をご利用ください。
体験入塾 30,000円(税込33,000円)
この金額も含めて、自社の事業戦略を考えるために参加する価値があるかどうかをご判断ください。
▶ 藤屋式ニッチトップ戦略とは(戦略設計の6変数と戦略再設計の5指針の全体像)
参考:大阪産業創造館「Bplatz」「『熱を印刷する』発熱インキの可能性に挑む」 2026年8月3日掲載


