手描きのチョコに学ぶ、製造業が利益率を上げる方法

ポーランドに、知らない人はいないといわれるチョコレートがあります。
E・ウェデル社の「トルチック・ヴェドロフスキ」。今年で誕生90年。

直径17センチ、厚さ1.5センチ。ビターチョコの中に、ウエハースとペーストが交互に重なっています。
コンビニでもスーパーでも買えます。価格は20ズロチ、日本円で約860円。

チョコレートのコーティングまでは、機械が行います。
ただし、表面に描かれる花や羽根の模様と、「E・ウェデル」のサインだけは、今も人の手で描かれます。
一枚を約20秒。同じものは、二つとありません。

ここで一つ、考えてみてください。
このチョコは、手描きだから高く売れているのでしょうか。

手仕事を残しているのは、最後の20秒だけ

まず目を引くのは、手描きそのものよりも、手描きを残している範囲です。
全工程を手作りにしているわけではありません。

生地もコーティングも機械です。
人の手が入るのは、表面の模様とサインだけ。

しかも、担当するのは訓練を受けた職人に限られています。
この道30年以上のベテランが多く、キャリア42年の職人もいれば、デビュー3カ月の若手もいる。

全部を手作りにすれば、コンビニに並べる量はつくれません。
全部を機械にすれば、「同じものは二つとない」が消えます。

どこまでを機械に任せ、どこから先を人に残すか。
その線を引いたうえで成り立っている商品です。
手仕事の量ではなく、手仕事の位置が決まっている、と言ったほうが近いかもしれません。

同じ売り場に並んでいても、他商品と比べられない魅力がある

約860円のチョコが、コンビニの棚に並んでいます。
隣の板チョコと並べれば、高い。
それでも売れ続けているのは、選ばれる魅力が違うからです。

ポーランドには、母の日のほかに「祖父の日」「祖母の日」「男性の日」があります。
答の機会が多い。
結婚式。記念日。頑張った仕事の後。

現地の男性は、こう話しています。「このチョコレートはそんな日の味なんです」と。
贈り物として選ばれるとき、比較の相手は、隣の板チョコではなくなります。

さらに、カフェの店頭では「おめでとう」「ありがとう」と手描きのメッセージを入れてくれるサービスがあります。
ここまでくると、他社の商品と同じ表に並べて比べること自体が、なくなります。

同じ売り場・同じ棚にありながら、同じ物差しでは測られていない。
これが、他社と比べられない状態です。

手描きだけをマネても、同じ結果にはならない

では、別の会社が同じように模様を手描きすれば、同じ価格で売れるでしょうか。
おそらく、売れません。

表面のサインは、2代目エミル・ウェデルの署名に由来します。
第2次大戦後、会社は国有化され、ブランド名からウェデルの名が外れました。
このサインも、姿を消していた時代があります。
1989年の民主化で会社は民営化され、社名とともにロゴがよみがえりました。

工場そのものにも意味があります。
ワルシャワの街は戦争で約8割が破壊されましたが、この工場は川の東岸にあったため、かろうじて残りました。
戦前から残るものへの、市民の思い入れは強い。

2024年には、工場の一角にチョコレートミュージアムが生まれました。
来館者は60万人を超え、トルチック作りのワークショップは3カ月待ちになることもあるといいます。

手描きは、単独では機能していません。
歴史、サインの由来、贈り物という用途、カフェ、ミュージアム。
これらと噛み合ったときに、はじめて「類似商品はない」魅力となり、他社より高い価格の理由になります。

手描きを取り出してマネても、残り(歴史、サインの由来、贈り物という用途、カフェ、ミュージアム)が整合していなければ、ただ手間のかかる工程が増えるだけです。

決めているのは技術の高さではなく、他の戦略設計の変数との組み合わせ

事業戦略は、6つの変数の組み合わせで成り立っています。
歴史、サインの由来、贈り物という用途、カフェ、ミュージアム
藤屋式では、これを戦略設計の6変数と呼んでいます。

強み×商品×提供方法×価格×顧客層&市場×メッセージ発信

足し算ではなく、掛け算です。
一つでも整合が崩れれば、全体が機能しません。
ゼロを掛ければ、答えはゼロになります。
ウェデルに当てはめれば、こうなります。

  • 強み……19世紀から続くチョコレートの歴史と、職人の継承
  • 商品……表面の模様とサインだけが手描きの、同じものが二つとない一枚
  • 提供方法……コーティングまでは機械、最後の20秒は訓練を受けた職人
  • 価格……日常のお菓子としては高く、贈り物としては手が届く
  • 顧客層&市場……贈答の機会が多い国の、記念日と節目
  • メッセージ発信……2代目の署名、戦火を免れた工場、カフェ、ミュージアム

どれか一つが飛び抜けているわけではありません。
戦略設計の6変数が同じ方向を向いているから、消費者が比べる物差しが他社と別のものになっています。
この市場地位を、「マネジメントの父」と呼ばれているピーター・ドラッカーはエコロジカル・ニッチと呼びました。

同じ戦略設計の6変数が、比べられる状況もつくっている

ここからは、一般的な日本のモノづくり企業に置き換えて考えます。

  • 技術力には、自信がある
  • その割に、売上を伸ばす方法が見えない
  • 利益率も、技術力に見合っているとは言えない
  • 数字だけ見れば、悪くない
  • 仕事も切れていない
  • それでも、物足りない感じが残る。

見積書を出せば、他社と同じ項目の表に載ります。
単価、納期、条件。

技術の違いは、一時的には選ばれる理由になります。
ところが、価格と取引条件は据え置かれたまま。
しばらくすれば、また他社と同じ物差しで比べられています。

このときの戦略設計の6変数は、他社と同じ物差しで比べられる6変数です。

ここで、一つ確かめておきたいことがあります。
問われているのは、一つひとつの変数が他社と違っているかどうかではありません。

商品が他社と似ていてもかまいません。
価格の決め方が特別でなくてもかまいません。
顧客層が他社と重なっていてもかまいません。

戦略設計の6変数を掛け合わせた結果として、他社と同じ物差しで比べられる状態になっているかどうか。
問われるのは、そこだけです。

技術力が高くても、それが商品、提供方法、価格、顧客層&市場、メッセージ発信と噛み合っていなければ、価格と取引条件の主導権にはつながりません。
技術力が、戦略設計の6変数の中で孤立している状態です。

ここで一つ、うかがいます。
いま比べられている物差しは、放っておいて変わるでしょうか。
変わりません。

見積書の項目も、値決めの前提も、来年になれば自然に入れ替わるというものではないからです。
戦略設計の6変数が組み替わるまで、同じことが続きます。

戦略再設計の5指針で、戦略設計の6変数を見直す

戦略設計の6変数を見直すときの指針が、5つあります。
藤屋式では、これを戦略再設計の5指針と呼んでいます。

維持する、減らす、強化する、捨てる、創る

新聞記事から確認できるウェデルの取り組みを、この5つで整理すると、次のように見ることができます。

  • 維持する……表面の模様とサイン、チョコレートを飲む文化を受け継ぐカフェ
  • 減らす……手仕事の範囲。コーティングまでは機械で処理する
  • 強化する……贈り物としての用途。店頭の手描きメッセージ
  • 捨てる……記事からは読み取れません
  • 創る……ミュージアムとワークショップ。工場そのものを訪れる場所に変えた

ちなみに、5つすべてが、外から確認できるとは限りません。

今回の記事からは、「ウェデルが、何を捨てると判断したのか」までは読み取れません。
ここを推測で埋めると、事実ではなくなります。

そのうえで、確認できる範囲で言えることがあります。
すべてを強化しているわけではない、ということです。

残したものがあり、機械で処理する工程があり、新しく創ったものがあります。

一つずつを個別に良くしたのではなく、最後に戦略設計の6変数が噛み合うように組み替えられています。

戦略再設計の5指針は、5つを埋めるための分類ではありません。
戦略設計の6変数を噛み合わせるための、判断の指針です。

なお、どの変数から手をつけるかは、会社ごとに違います。
ウェデルの場合は、たまたま提供方法と用途が入口になりました。

それはこの会社の入口であって、手順ではありません。
要件は、最後に戦略設計の6変数が整合していることだけです。

では、強みである技術力は何と噛み合っているか

この記事を読んで、「うちにも同じような手仕事がある」と思われたかもしれません。
ただ、論点はそこではありません。

トルチックが他のチョコレートと違う選ばれ方をしているのは、手描きがあるからではありません。
手描きを含んだ、戦略設計の6変数の組み合わせによるものです。
だから、手描きだけを取り出して持ち込んでも、ウェデルと同じことは起きません。

同じことが、技術力にも言えます。

御社の技術力は、いま、商品、提供方法、価格、顧客層&市場、メッセージ発信の、どれと噛み合っているでしょうか。

噛み合っているとは、たとえばこういう状態です。

  • その技術力でなければつくれない商品がある
  • その商品でなければ困る顧客層がいる
  • その価値が伝わる発信をしている
  • だから、その価格で通っている。

このつながりが途中で切れているとすれば、それは技術力の高さの問題ではありません。

増収増益ではなく、増益増収という戦略設計の順序

※ 藤屋式では、売上の拡大を先に置く「増収増益」ではなく、価格と取引条件の主導権を先に取り戻す「増益増収」と考えます。
売上を増やして確実に増えるのはコストであり、利益が増えるとは限らないからです。

先に置くのは、結果ではなく行為です。
比べられない状態をつくり、価格と取引条件の主導権を取り戻す。
そのうえで売上を伸ばす。
順序を逆にすると、売上を伸ばした分だけ、確実にコストが増えます。

藤屋式ニッチトップ戦略|設計入門セミナー

技術力はある。それでも、他社と同じ物差しで比べられている。
この状態を変えるのは、戦略設計の6変数の個々の対応ではなく、戦略の構造です。

【設計入門セミナー】では、戦略設計の6変数と戦略再設計の5指針を使って、自社の事業を組み立て直す手順を解説しています。

  • 戦略設計の6変数が、いまどう組み合わさっているかを書き出す
  • どこが業界の標準と同じになっているかを特定する
  • 戦略再設計の5指針で、何を維持し、何を減らし、何を強化し、何を捨て、何を創るかを決める

対象は、モノづくり企業の経営者で、決定権をお持ちの方です。
戦略設計の6変数を組み替えるのは、経営判断だからです。

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出典:2026年7月29日 日本経済新聞