来年のテーマは『リストラクチャリング』(事業の再構築)

創業してから来年4月で22年目に入ります。振り返ってみると、途中で大きな変化がありました。

第1創業期

1996年に経営コンサルタントとして福岡市で創業してから2011年3月までが第1期だったようです。山あり谷ありで平坦な道ではありませんでしたが、同じ線上での推移でした。

福岡という地で、それなりの成果をあげていたのですが、東京に進出したいという夢が消えることはありませんでした。そこでブランディングの一環として取り組んだのが「本を出す」ことでした。地方の無名のコンサルタントがいきなり東京に行っても、相手にしてもらえないと思ったからです。

1996年に創業し、経営の勉強をし直すために大学院に入りました。入学した当時は「組織文化」を学ぶつもりでしたが、コンサルタントしては実践的なテーマではないと思い直し、テーマを変えることにしました。

いろいろ検討したのですが、ある日、書店で『現代の経営』(ドラッカー著)を手に取ったことが、その後の人生を決定づけることになりました。勉強のテーマをドラッカーに絞り、修士論文のテーマを「目標によるマネジメント」にしたのです。

修士論文のテーマを「目標によるマネジメント」にしたことも偶然と言えば偶然ですが、目標によるマネジメントが、「ドラッカーにとって経営の哲学」であり、彼の経営の基本的思想に基づいていることが、学びの範囲をより深く、広くし、18年以上も研究を続けてこれた理由だと思います。

「本を出す」と言っても、構想し出してから実際に本を出すまでに7年近くかかっています。企画を出版社に送ったのは累計で180回(1つの企画書を複数の出版社に送っていたため)を超えました。あきらめずに続けたおかげで、2008年にようやく1冊目(最終的に12,000部)が出せ、2009年5月に出した2冊目(図解で学ぶドラッカーに入門)が2万部のヒット(最終的に76,000部)になりました。そして、その年の12月に発売された『もしドラ』がドラッカーブームを起こし、その神風に乗って、出す本、出す本がベストセラーになり、今では著書・監修書は31冊(うち5冊は海外でも発行)、累計は250万部近く(うちドラッカー関連は200万部超)になっています。

また、これによって全国から講演依頼を頂くようになり、「ドラッカーを日本で一番わかりやすく伝える男」という称号まで頂け、「ドラッカーの藤屋」というブランディングが確立できました。そうは言っても、ブランドの浸透性は微々たるものです。

たとえば、セミナーや講演などで名刺交換した後日、「本棚に先生の本がありました!」とメールをくださる方がいます。本は持っていても、著者の名前まで憶えている人はほとんどいないのが実態です:苦笑

第2創業期

2011年4月、活動拠点を念願の東京に移しました。福岡ではコンサルティングが中心で、本を流通経路にした講演活動が加わりました。しかし、「フロー型のビジネス・モデル」から「ストック型のビジネス・モデル」への移行を考えていましたので、東京では、塾(会員制の継続セミナー)の運営を中心にしようと考えました。

まずは、2012年に中小企業に欠けている事業戦略を導入してもらうための【藤屋伸二のニッチ戦略塾】を立ち上げ、今日に至っています。

次に、2015年に【藤屋伸二のマネジメント塾】を立ち上げました。これは、事業戦略が軌道に乗ってきた塾生を対象に、「事業のマネジメント」「組織のマネジメント」「人と仕事のマネジメント」を高い次元でバランスさせるための塾です。

そして昨年2015年、【ドラッカー経営実践塾】を立ち上げました。これは、【藤屋伸二のニッチ戦略塾】をフランチャイズするものです。私一人では、物理的に不可能な地域での、中小企業へのドラッカーの普及活動をいっしょにやってもらうための塾です。塾長の養成(7ヶ月の研修)から始めたため、開塾は今年の7月、ようやく第1号の教室がオープンしました。

東京に出てきてからも、執筆活動は継続しており、今でも年2冊のペースで本を書いていますし、雑誌・機関誌への寄稿も続けています。

第3創業期

私の来年のテーマは「リストラクチャリング」(事業の再構築)です。追加、追加で展開してきた各塾のコンセプト(事業目的)を明確にし、再定義しました。それで、各塾のプログラムも整理されました。そして、再定義から外れた部分を補完するために、新たに「ドラッカーイノベーション塾」を5月からスタートさせます。

また、直接、私が運営する【藤屋伸二のニッチ戦略塾】と、フランチャイジーが運営する【ドラッカー経営実践塾】が競合しないようにするため、全国各地で開催していた会場を一部閉鎖し、【ドラッカー経営実践塾】の塾長に引き継いで頂くことにしました。

それから、それから、、、まだありますが、以下は、後日、機会を設けて、ご案内することにします。

これを書いていて思い出したのですが、ドラッカーは62歳でニューヨークからカリフォルニア州のクレアモントに移り、その地で生涯を終えています。私もその年齢に近くなっていますので、これが最後の「リストラクチャリング」になるでしょう。
しかし、いつまで経っても満足のいく自分に到達できていませんので、これらも成長と変化を求め続けることに変わりはありません。来年も、ご指導・ご鞭撻・ご協力のほど、どうぞよろしくお願い致します。

筆末となりましたが、来年が、あなたにとって良い年になりますように祈念しています。

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